希望の性別でなかった-「男の子希望」だったのに、「女の子の双子」だった話-

双子 妊婦

希望の性別でなかった-「男の子希望」だったのに、「女の子の双子」だった話-

 こんばんは。となかい(妻)です。

 今回はムナクソ注意のお話。産み分けとか、希望の性別等のお話が嫌いという方はこのページを閉じてください

 さて、私たち夫婦は数年の不妊治療の結果、顕微授精を経て第一子である長男を授かることができました。
 次の子は2歳差で授かりたい、というのも夫婦の共通の思いで、第一子の治療の際に凍結できた凍結胚を戻すことにしました。

 この凍結胚がまさかの分裂。一卵性双生児を授かることになりました。

 …が、21wに分かったことは「女の子」であるということ。
 主人は性別なんてどちらでもいいという考え方でした。が、私は男の子希望だった上、それまでずっと男の子だと思い込んでいましたから…頭の切り替えができませんでした。

この記事では私が出産に至るまでに、どうやって気持ちを切り替えたのかをまとめています。
となかい妻(筆者)

同じ気持ちの方に届いてほしいと思います。
となかい妻(筆者)

この記事はこんな人に役立つかもしれません

・男の子希望のママ

3行でまとめるこの記事のまとめ

・「産み分け」という言葉があるのだから、「希望の性別」という考え方は間違いではないはず
・「希望の性別」ではなかったとして、「かわいがる」ことはできなくても「責任を持って育てる」ということはできるはず
・同年代のママの意見より、お坊さんの偉そうな言葉より、実際に育てた人の言葉の方が心に響いた

「男の子希望」だった上、「男の子を産むだろう」という思い込みがあった

 21wに「女の子だろう」と言われたときの衝撃といったらありません。なぜなら、それまでずっと男の子を産むと信じていたからです。

・そもそも男の子希望だった(女の子を育てるというのが想像できなかった)
・凍結胚移植の際にモニターを見ながら「この胚は男の子の双子だ」という謎の直感が働いた
主人は男3人兄弟で、なんとなく同じニオイがしていた
エコーで常にへその緒を男の子のシンボルと見間違えていた
・長男のときは26wで性別診断が女の子から男の子に変わった
・初詣で神様に男の子の双子であるようお願いしている
・↑こういうお願いをしたときにハズレるようなことは今までの人生でなかった
・昨年亡くなった飼い猫がオス。双子のどちらかはその子の生まれ変わりだろうという思い込み

 この考え方が21wまで続いていましたし、なんなら19wに医師に「女の子っぽいかなー?とりあえず保留で」と言われたときも「男の子に決まってるじゃない」と医師の方を疑っていました。

産み分けはしなかった(できなかった)

 我が家の場合、高度不妊治療で凍結胚移植のため、ゼリーやら排卵日やらの産み分け法はできませんでした。
 もし着床前診断で性別を知ることができたのであれば、男の子の受精卵を戻していたと思います(実際、海外で着床前診断をし、女の子を産み分けをされた方を後から知りました)。

そもそもなぜ女の子がイヤなのか

 逆に聞きたいのは、なぜ女の子がいいのか、ということ。
「産み分け」だと8~9割が女の子希望と言います。この理由は以下のものが多いように思います。

・かわいい洋服が着せられる(これは分からなくもない)
・成長が早く、自分のことができるのが早い、手がかからない(個人差も大きいと思うし、子どもは手がかかってナンボだと思う)
・思春期になっても一緒に買い物に行ける(言うほど一緒に行きたいか?)
・子どもの子ども、つまり孫の世話ができる(言うほど世話をしたいか?老後は主人とのんびり日本一周でもしたい)
・女の子なら社会人になってもよく帰ってきてくれる、話し相手になってくれる(主人と話せれば別に…主人に先立たれたら一人ほっそり生きればいいかな…)
・介護が必要になったとき、頼れるのは女の子(介護要因で産むわけではない…)

 これらのように、あまり賛同できないことが多いのです。

 また、私が女の子を苦手だと思うのは

・男の子以上に髪型、洋服に気を使うのが大変そう
・女の子の方が口が達者、立ち回りが上手いのをかわいいと思える自信がない、あざといと思ってしまう(現在長男を育てているが、上手くできないこと、上手くできたこと、すべてが愛おしく感じているので余計に思う)
・自分自身がドロドロとした女子の関係性(特に思春期)がイヤだった、子どもも同じ苦しみを味わう可能性がある
・両親には悪いが、そもそも私が私という「女」を失敗作だと思っている

 という理由があります。

「女の子を育てたくない」はそんなにおかしなことなのか

 性別診断で有名なR先生含め、担当の医師から女の子と言われ女の子でほぼ確定した後は号泣していました。主人にも気持ちを伝えましたが、なぜ私が女の子がイヤなのか、分かっていないようでした。

 私が思うに、希望の性別はあってもおかしくないはずなんです。だから「産み分け」という言葉があるんです。

 いろんなブログや知恵袋などの相談なども読みました。その中で、逆の質問や答え(女の子希望なのに男の子だった)を見つけると凹み、同じ双子でも男の子の双子のブログを見つけるとなんともいえない気持ちになりページを閉じ、更にお坊さんのきつい答えに凹んでいました(一番上のお坊さんの回答は困って相談している人にいうような言葉使いじゃないし、次の人は「医師に相談してください」って…)。

どうやって自分の気持ちに折り合いをつけるのか

22週。養子縁組も考えた

 主人には言っていませんし、これから先、墓場まで持っていきますが、養子縁組は考えました。「22週以降 産みたくない」というキーワードで検索をかけると、母子をサポートして下さるところがありました。
 ホームページを読んでいると、こういってはなんですが、主人より寄り添ってくれるのではないか、とまで思えてしまった…

 数日考えましたが、頼ることはできませんでした。やっぱり自分で育てなければ。

産めばかわいいと思えるのか-かわいくなくても責任を持って育てることはできるはず

 ただ、「産めばかわいい」みたいな意見は違うと思うのです。そりゃかわいいんでしょうけど、口が達者になってきたらきっと「あざとい」と感じてしまうと思うし、思春期にグレたら「女の子の思春期はめんどくさい」とため息をつくと思うのです。
 だからといってその時点で育児放棄をするのかといえばそうではないはず。そう感じたときにこそ、むしろそう感じないように「しっかり育てなければ」という気持ちが今芽生えているところです。

「男女分け隔てなく、兄弟別け隔てなく」ではないとは思う

 しっかり育てる、ということに関しては「男女別け隔てなく」とか「兄弟別け隔てなく」とはちょっと違うとも思っています。
 個人的には「女の子だからこそ」しっかり育てなくてはならないとは考えています。かの有名な「佐藤ママ」は兄弟平等とは言っていましたが、実際には「女の子は体力がないから早めに塾に通わせた」「長女だけはピアノを希望したから通わせた」とも言っていますしね。

気持ちを切り替えた妊婦生活

 正直、妊婦生活でウキウキだったのは妊娠初期でつわりが終わった頃だけです。後は希望でない性別を告げられましたし、切迫早産気味とも診断されていましたし、最終的に管理入院になっていますし。
 ではどうやって気持ちを切り替えたのかというと

・名付けは主人にほぼ一任していた
・自分の人生を反面教師として、子どもにできることはなにかを考えた
・↑考えた上で、子どもの頃に雛人形がないのが寂しかったことを思い出したので、手作りすることにした(これでだいぶ気持ちは落ち着いた)
・それでも「男の子が良かった」という気持ちが浮かんできたら、気持ちを押し殺さず泣いた

 という妊婦生活を送っていました。

実際に成人させた人のコメントが一番突き刺さった

 さて、ここまで色々書きましたが、自分が一番突き刺さった意見は「産めばかわいいよ」「育ててみたらかわいいよ」「自分の子なんだからかわいい」というものではありませんでした。実際に「男の子希望だったけど女の子だった」お子さんを成人させた人の意見です。知恵袋なんかにも載っていますね。

この記事を書いて

 この記事は双子の姉妹が生まれてくる前に書いています。
 この記事を読んで、「こんな考え方の親に育てられるなんて、生まれてくる子どもがかわいそう」という考えを持たれる方もいらっしゃると思います。現に私もそう思います。希望の性別(男の子)だったらこんな記事を書きませんでしたから。

 この記事を書いたのには2つの理由があります。
 1つは決意です。
 産むと決めたんだから、しっかりと女の子の双子を育てるという決意。男の子だったら良かったと思っていた、と微塵も思わせないようにします。

 もう1つは共感です。
 おそらく、私と同じ気持ちで悩んでいる方がこの世界中どこかにいるはず。知恵袋等でも見かけますし(男の子だったことに悩んでいる方の方が多い印象ですが)。
 その方々に伝えたい。「悩むのは悪いことじゃないはず」「悩むということは、子どものことを真剣に考えた証拠であること」

 この記事が、誰かに届けばいいと思います。

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